リレーコラム「教えて!肥満症」
第5回 肥満症の治療

2026年03月25日

春日 雅人
日本肥満症予防協会 執行理事
公益財団法人 朝日生命成人病研究所 所長

はじめに

 肥満症の治療にあたっては、食事療法と運動療法がその基本であるのは勿論です。しかしながら、多忙でストレスの多い社会生活を送りながら食事療法を厳格に行うのはなかなか難しく、また膝や腰の痛みなどで運動療法を十分に行うことができない方もおられます。

 このような点を考慮して、わが国でも2014年から、半年以上の内科学的治療(食事・運動)を行っても十分な効果が得られない高度肥満症の方に腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が健康保険の対象となってきました。肥満外科手術は減量効果は充分に得られることが多いのですが、心理的抵抗が強いためか他国に比べわが国では手術件数が伸びないというのが実情でした。

 このような背景のもと、2023年以降セマグルチドならびにチルゼパチドという注射薬が肥満症の治療薬として健康保険が適用となりました。

セマグルチドとチルゼパチド

 セマグルチドはGLP-1受容体に、チルゼパチドはGLP-1受容体とGIP受容体の両者に結合して作動するペプチドで元来血糖降下薬として開発されましたが、その驚異的な減量効果が明らかになり肥満症の治療薬として用いられるようになりました。
 この両者はわが国で肥満症薬として健康保険の適用が認められていますが、適用となるための厳しい要件が患者側にも施設・医師側にも課せられています(詳細は省略)。

 両者とも消化器症状があるため段階的に用量を増加していくのですが、まず最初に強力な血糖降下作用がほぼ全員で得られます。次に摂食抑制作用が生じて減量効果が得られるのですが、この点に関しては実際に使用してみて個人差が大きい印象です。
 セマグルチドは2型糖尿病では1mg週1回迄しか認められていませんが肥満症では2.4mg週1回迄認められています。このことからも、摂食抑制作用にはより大量のGLP-1受容体作動薬が必要なことが推察されます。

 どのような人で減量効果が強いかは興味ある課題ですが、現在の所、両者において糖尿病のある人や男性ではその減量効果が弱いことがわかってきています。

開発中の抗肥満薬

 ここで、現在開発中の抗肥満薬について、論文として発表されたデータから紹介したいと思います。

マリタイド

 これはGIP受容体に対するモノクローナル抗体にGLP-1受容体に作動する2つのペプチドが結合した化合物で、抗体であるため血中半減期が長く月1回の投与で減量効果が得られるのが特徴です。第2相試験の結果からは、セマグルチドより減量効果は強く、GIP受容体抗体が何らかの効果を与えていると考えられます。

 ここで困惑するというか興味あるのは、このGIP受容体抗体が拮抗的な抗体であるという点です。すなわち、GIP受容体に関しては、少なくともGLP-1受容体作動薬と同時に投与すると、その作動薬(チルゼパチド)も拮抗薬(マリタイド)も摂食低下を生じると考えられます。その詳細なメカニズムは中枢神経系における作用を中心に現在解析中です。

レタトルチド

 GLP-1、GIP、グルカゴンはそのアミノ酸配列に類似点が多いぺプチドホルモンで、グルカゴン・ペプチド・ファミリーを形成しています。これらのなかのGLP-1受容体に対するモノアゴニスト(セマグルチド)ならびにGLP-1受容体、GIP受容体に対するデュアルアゴニスト(チルゼパチド)に抗肥満作用が認められたので、GLP-1受容体、GIP受容体、グルカゴン受容体のトリプルアゴニストが抗肥満薬として開発されたのは自然な流れと言えます。レタトルチドはそのようなトリプルアゴニストで第2相試験でデュアルアゴニスト以上の減量効果が認められました。

 ここで違和感を覚えるのは、血糖を上昇させるホルモンであるグルカゴンの受容体を作動して血糖が上昇しないかという点です。レタトルチドにおいてはGIP受容体ならびにGLP-1受容体を介するインスリン分泌の促進作用でこの点がうまく相殺されるようにグルカゴン受容体への親和性が調整されているようです。

 グルカゴン受容体には今迄あまり注目されてこなかったエネルギー消費を上昇する作用や摂食抑制作用があり、このためより大きな体重減少効果がえられたのではないかと考えられています。また、グルカゴン受容体には肝臓においてその脂肪を燃焼させる作用もあり脂肪肝の治療薬としても期待されています。

抗肥満薬の肥満に関連する健康障害への効果

 セマグルチドが減量作用のみならず、肥満に関連する耐糖能、脂質異常、高血圧を改善することは明らかになっていましたが、その他の健康障害である、心血管疾患、駆出率が保持された心不全(HFpEF)、肥満関連腎症、脂肪肝、変形性膝関節症のいずれにおいてもその病態を大きく改善することが大規模な臨床研究で次々と示されています。減量のみならず肥満に伴う各種健康障害も改善されるというのは実臨床において重要なデータだと思います。

 また、これらの効果が減量に伴う2次的な効果なのか減量とは独立した作用によるものなのかは興味ある所ですが、現在では後者の考えが有力です。その根拠としては、有意な減量が始まる前から心血管イベントのリスクが抑制されることや同等度の減量であっても食事療法単独による場合より炎症マーカーであるCRPの低下が有意に大きいことなどがあげられています。

GLP-1受容体が血管内皮細胞、心筋細胞、腎臓の近位尿細管、マクロファージにも存在するというデータも考慮して抗炎症作用を中心とした何らかの独立した作用があると考えられています。チルゼパチドの睡眠時無呼吸症候群改善効果をはじめとして、今後デュアルアゴニスト、トリプルアゴニストの肥満に伴う健康障害への効果も次々と発表されることが予想されています。
 今まさに肥満症に対する治療が大きく変わろうとしています。

(2026年03月)