高齢者の認知機能が向上 運動を主体とした複合的な介入プログラムにより身体機能も改善
2024年09月26日
神戸大学などは、高齢者が運動を主体とした複合的な介入プログラムを週に1回90分、18ヵ月間継続すると、認知機能(頭の働き)が向上し、身体機能の改善の効果を得られることを国内ではじめて実証したと発表した。
「加齢で認知機能は徐々に低下しますが、できる限り早い段階で多領域にわたる生活スタイル改善に取り組むことで、認知予備能と呼ばれる"脳の貯金"が増え、結果として認知症発症を予防できる(遅らせることができる)と考えられます」と、研究者は述べている。
認知症予防を目指した複合的な介入プログラムを実施
神戸大学などは、兵庫県丹波市で認知症予防を目指した多因子介入によるランダム化比較研究を実施し、運動・認知機能トレーニング・栄養管理・高血圧や糖尿病などの生活習慣病の管理から成る複合的な介入プログラムにより、高齢者の認知機能が改善することを国内ではじめて実証した。 研究グループは今回、兵庫県丹波市の全面的な支援のもと、「動脈硬化のリスクがある(血圧が高い、血糖値が高いなど)」かつ「わずかではあるがもの忘れなどを自覚している」という項目に該当する市民に呼びかけを行い、203人から研究への参加同意を得た。 参加者は、週に1回90分の多因子介入プログラム(運動、認知機能トレーニング、栄養管理、生活習慣病の管理)を18ヵ月間にわたり行うグループ(介入群 101人)と、健康に関するパンフレットなどを受け取るものの、18ヵ月後まではプログラム参加を待機するグループ(待機群 102人)の2グループにランダムに振り分けられた。
複合的な介入プログラムの具体的内容
出典:SOMPOケア、2024年
運動を主体とした複合的な介入により認知機能が良好に
その結果、18ヵ月後の認知機能コンポジットスコア(数値が大きいほど良好な認知機能)は、両群ともに増加し、認知機能が向上していたが、その上がり幅は、運動を主体とした複合的な介入を行った群が待機群より大きかった。 また、その両群の差は、FINGER研究をはじめとしたこれまでの研究に比べても明らかに大きいものだった。さらには認知機能だけでなく、5回立ち座りテストの所要時間短縮(足の筋力向上)や、呼気筋力増強(息を吐く力の向上)などの身体機能の向上もみられた。 「これらの結果は、さまざまな領域に働きかける多因子介入プログラムは、やや認知症の発症リスクをもつ高齢者(高血圧や糖尿病といった血管危険因子があり、わずかにもの忘れなどを自覚している高齢者)の認知機能を維持・改善するために有効であることを示しています」と、研究者は述べている。 「もちろん加齢で認知機能は徐々に低下しますが、できる限り早い段階で多領域にわたる生活スタイル改善に取り組むことで、認知予備能と呼ばれる"脳の貯金"が増え、結果として認知症発症を予防できる(遅らせることができる)のではないかと考えられます」としている。
さまざまな領域に働きかける多因子介入プログラムの改善効果
待機群の認知機能(青線)に比べてプログラム群の認知機能(赤線)は有意に改善
出典:SOMPOケア、2024年
7種類の検査で認知機能の変化を18ヵ月後まで追跡
両群の参加者とも、2020年9月~10月に第1回目の評価(認知機能検査、身体機能検査、血液検査、その他の質問紙検査など)を、その後は6ヵ月ごとに18ヵ月後まで同様の検査を受けた。 研究グループは、認知機能検査は7種類を実施し、全般的認知機能・記憶機能・実行機能・処理速度・注意機能など、さまざまな面から評価をした。 個々の検査結果は標準化という方法でひとつにまとめられ、認知機能コンポジットスコアを算出し、このスコアの第1回目からの変化量を介入プログラムの効果判定に用いた。高齢者の認知機能の改善効果を検証しているJ-MINT研究
人口の高齢化にともない、認知症者数は年々増加し、医療費・介護費などの社会保障費の増大にもつながり、認知症への対策は喫緊の課題となっている。 有識者らで組織されたランセット委員会は、「運動不足」「糖尿病」「高血圧」「社会的孤立」などの14項目が認知症発症のリスク因子であり、これらは「改善可能」であると強調している。 生活スタイルの改善によって血管の健康を保ったり、他者との交流などで刺激のある生活をおくったりすることは、認知症予防のために重要だ。このことは、2015年に報告されたフィンランドのFINGER研究でも実証されている。 FINGER研究は、運動や食事といった複数領域の生活改善に働きかけることで、認知機能の改善効果を得られることを示した世界ではじめての研究。現在、この研究の方法論の有効性を世界各地で検証するために、「World Wide FINGERS」というネットワークが稼働している。 日本でも、ネットワークの一員として、国立長寿医療研究センターが「認知症予防を目指した多因子介入によるランダム化比較研究(J-MINT研究)」を2019年に開始した。 そのJ-MINT研究の一環として、神戸大学を中心とする研究チームで「J-MINT PRIME Tamba研究」が開始された。特定健診受診者などを運動教室に誘導する取り組みを計画
研究は、神戸大学大学院保健学研究科の古和久朋教授、沖侑大郎助教らと、神戸学院大学総合リハビリテーション学部の尾嵜遠見助教らの研究グループが、SOMPOケアの協力のもと行ったもの。研究成果は、世界アルツハイマー協会の国際学術誌「Alzheimer's & Dementia」に掲載された。 研究グループは今後も研究を継続し、より効果的かつ容易に継続できる認知症の予防実践方法を探索し、その社会実装を推進していくとしている。 「さまざまな領域に働きかける多因子介入プログラムが、高齢者の認知機能の改善に効果があることが示されましたが、残された課題もあります」と、研究グループでは述べている。 ひとつめとして、18ヵ月間の介入で認知機能の向上は得られたものの、その効果は持続するのか、本当に認知症の発症を遅らせることができるのかは不明なままなので、このことを明らかにするために、「J-MINT PRIME Tamba研究」の参加者の追跡調査を実施していく予定としている。 ふたつめは、現実的で継続可能な認知症予防介入の実施とその効果検証。これについては、すでに丹波市内各地で活動されている「いきいき百歳体操」の場を活用した追加介入や、特定健診受診者などを新規あるいは既存の運動教室に誘導する取り組みを計画している。 「これらの活動が、将来的には地域自体が自立して実施を継続できるよう、その核となるような人材を育成していきたいと考えています」としている。 「最後に、さまざまな取り組みは行うものの、それによる費用対効果は不明です。これについて、認知症予防のための取り組みが、医療費・介護費などの社会保障費へ与える影響についても調査する予定です。研究の成果を基盤としつつ、今後も丹波市でSOMPOケアらを含めたチームで研究を継続することで、認知症予防介入の社会実装を推し進め、その成果を日本全国・世界へと発信することを目標とします」と、研究グループでは述べている。 神戸大学医学部保健学科・大学院保健学研究科An 18-month multimodal intervention trial for preventing dementia: J-MINT PRIME Tamba (Alzheimer's & Dementia September 2024年9月4日)
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