リレーコラム「教えて!肥満症」
第11回 肥満症予防の鍵を握る「社会決定要因」の考え方と活かし方
2026年10月28日
益崎 裕章
日本肥満症予防協会 執行理事
琉球大学 大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)教授
このコラムに御目を通して戴いている皆様は普段から肥満症の予防について御関心が高い方が多いことと思います。世界中で様々な新しい研究が進んだことにより、これまで"常識"とされてきた「肥満症に関する考え方」も日進月歩で大きな変化を遂げています。
今日は 肥満症予防の鍵を握る「社会決定要因」という新しい考え方、活かし方を御紹介します。
ほんの数年前まで、多くの医学の教科書には "判で押したように" 「肥満は日々の摂取エネルギーが消費エネルギーを上回る状態が持続することによって生じる」 と書かれていました。しかし、最近の医学研究の進歩により、必ずしも そうではないことが明らかになってきました。少々、ショッキングな表現かも知れませんが、「現代社会を生きる私達は好む・好まざるにかかわらず、内臓脂肪組織の過剰蓄積、さらには、肥満症に誘われるようなたくさんの社会的要因に囲まれている」という認識が一般化しつつあります。
このような考え方は世界保健機関(WHO)が提唱している社会決定要因(Social Determinants of Health: SDOH)と呼ばれるものの一部です。実際、都市生活に伴う身体活動量の減少、24時間、食べたいときに食べたいものが手に入る便利過ぎる食環境、朝・昼・夜のメリハリがなくなって常に光に晒されている住・社会環境、それに伴う睡眠の質や量の障害、仕事や人間関係、激動を極める国際情勢や気候変動に伴う"恒常的な"精神的ストレス、など、数え始めたら切りがありませんが、これらはいずれも肥満症のリスクを上昇させる要因として注目されています。
とりわけ、現代社会における食環境の激変ぶりは瞠目に値します。日常にあふれる食品の中には天然食材には決して存在しない栄養成分の配合比率を有し、調理済みで加工度の高い食べ物や飲料が多く含まれており、知らず知らずの間にそれらの摂取量・摂取頻度が高まっていることに気付かされます。
このような超加工食品(ultra-processed foods: UPF)は従来の食品加工の概念を超えて精製加工度が高い食成分や添加物を工業的に組み合わせ、より簡便に、より多く摂取され、より多く購入・消費されることを重視して作成された一連の食品群を指しています。そして、一連の前向きコホート研究や基礎研究の結果から、超加工食品の摂取過剰が肥満症の発症リスクを高め、妊婦が過剰摂取した場合の次世代の肥満への影響など、現代人の健康を脅かす核心的な疾病群の発症・進展リスクに深く関連していることが明らかになってきています。
超加工食品の多くには乳化剤や人工甘味料など、いわゆる"ゼロカロリー"の非栄養物質が配合されており、これらの過剰摂取が皮肉なことに、かえって肥満症を生じやすくさせることにも警鐘が鳴らされています。例えば、アイスクリームやホイップクリーム、ドレッシング類に多量に含有されている乳化剤(食用の界面活性化剤)は食感・美味しさを高める目的で超加工食品の多くに含まれており、カルボキシルメチルセルロースやポリソルベート80などが代表例とされています。マウスに与える通常の餌にカルボキシルメチルセルロースやポリソルベートを添加しておくと、ゼロカロリーにもかかわらず、摂餌量の増加、体重増加(大半が脂肪組織重量の増加に起因する)を生じ、腸内細菌群の多様性の減弱(dysbiosis)やゴブレット細胞の傷害~消失、大腸における病原性腸内細菌の増加を伴う腸炎を発症することが報告されています(図)。
乳化剤の過剰な摂取はヒトにおいても炎症性腸疾患のリスク因子になることが以前から指摘されており、腸内フローラのバランス異常や発酵代謝産物の変化に伴って腸内環境を向炎症的に変化させることが示唆されています。マウスを用いた近年の研究では、カルボキシルメチルセルロースやポリソルベートなどの乳化剤を持続的に摂取させると善玉腸内細菌の代表格であり、優れた消化管粘膜バリア強化能を有することでも知られるAkkermansia muciniphilaが激減し、食欲や体脂肪量の調節が深刻に攪乱される可能性が示されています。実際、乳化剤の摂取で肥満・高血糖を来したマウスの消化管にAkkermansia muciniphila菌を移植するとマウスの肥満症が見事に正常化することも判明しています。
このように、私達が何気なく口にしている様々な食品群の中にも自ずと肥満症を誘導する危険性を有するものが少なからず存在していることを認識しておくことは肥満症予防の実効性を考える上で重要な視点と言えます。食の問題のみならず、現代社会の生きる私達が様々な「社会決定要因」を避けて通ることは現実的では ありませんが、少なくとも賢明に対処することは可能です。肥満症の発症に関わる「社会決定要因」に対する正しい理解と啓発は肥満ステイグマの軽減にも大きなインパクトが期待出来ます。
(2026年10月)








